映画

ガイサンシーとその姉妹たち

東京しごとセンターで、班忠義監督の『ガイサンシーとその姉妹たち』を観た。班監督は、戦争中に日本軍から性的暴力を振るわれた中国人女性たちへの丹念なインタビューを重ね、日本では滅多に語られることのない性暴力の実態をあらわにしてゆく。映画の中に…

『ジル・ドゥルーズによるアベセデールA,B,C,I』ピエール・アンドレ=ブタン監督

東京日仏学院で『ジル・ドゥルーズによるアベセデール』のA,B,C,Iを観る。ABC(アー・ベー・セー)とは、エレメンタリーを意味する言い回しであり、日本語で言うなら「ジル・ドゥルーズ入門」とでもなるのだろう。死後に放映されることを条件に撮…

『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』油谷勝海監督

舞踏家の田中泯が、インドネシアの島々を巡りながら自身のダンスについて再考しようとする、ドキュメンタリー的なロード・ムービーである。旅の始まりで田中は、子供達の発作的なダンスに衝撃を受ける。それはまるで、生まれたばかりの稚魚が、自身が未だ世…

『ダーウィンの悪夢』フーベルト・ザウパー監督

淡水では、世界第二の大きさを誇るアフリカ、タンザニアのヴィクトリア湖は、かつて「ダーウィンの箱庭」と呼ばれる程、多様な生物が共存する楽園であった。しかし、そこに外来種である肉食の巨大魚、ナイルパーチが放流され、湖の豊かな生態系は崩壊してし…

『火の馬』セルゲイ・パラジャーノフ監督

冒頭、雪山で伐採した木が倒れ、主人公である弟を庇うようにして倒木の下敷きとなる兄を真上から捉えた映像をもって、この映画が傑作であることを確信した。ミハイル・コチュビンスキーの「忘れられた祖先の影」が原作であるこの物語は、ウクライナの山奥に…

カメラになった男 写真家 中平卓馬

シネマアートン下北沢で、「カメラになった男 写真家 中平卓馬」*1を観る。この映画は、アルコール中毒で記憶を失った後、実家のある横浜に生き、毎日写真を撮り続ける中平を記録したものである。病状はすでに回復の一途にあり、昔の写真や友人、新しく刊行…

『愛より強い旅』 トニー・ガトリフ監督

久々に見るロードムービーらしいロードムービー。自身の音楽に行き詰まった主人公が、自らの出自を求めて、恋人と共に、パリからアンダルシア、モロッコを経て、アルジェリアへと向う。貧乏旅行に加え、天性の非常識さが、二人の珍道中に拍車をかけている。…

『綴り字のシーズン』

カバラを信奉する大学教授の父(リチャード・ギア)とユダヤ教の薫陶を受けて育つ男女の兄弟。科学者の妻は結婚する時にカトリックからユダヤ教へと改宗している。父は世界が誕生したと同時に砕け散ってしまった聖杯(世界)が正義の力によって再び組み直さ…

ショーシャンクの空に

人が内省を強いられる状況に置かれた時、精神は肉体を牢獄として認識することがある。刑務所や捕虜が作品のテーマとなる時、常にそうした精神の働きが暗に伏線として働いている。ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』においても、激しい労…

『家庭』

フランソワ・トリュフォー監督の『家庭 (1970)』を10年ぶりくらいに見返す。今改めて見ると、初見の頃に多少なりとも意識された「物語性の解体」や「音と映像との分離」などの教科書的なヌーヴェル・ヴァーグ観というものはそれほど意識されずに、むしろチャ…

フーガの技法

描かれた絵画素材を一枚一枚撮影するという気の遠くなるような作業を経て驚くべきアブストラクトアニメーションが誕生した。闇の中に浮かぶ白い矩形が、バッハの「フーガの技法」に合わせて大きさが変わり、回転する。これが通奏低音の役割を果たす。その周…

ドッグヴィル

アメリカの閉ざされた貧しい村、「ドッグヴィル」に偶然一人の女(ニコール・キッドマン)が迷い込み、その女が引き金となって村が破滅するまでを追ったストーリー。舞台はスタジオの中空に架構され、家や道路が白線で示された一枚の床だけだ。9つに章立て…

ブラウン・バニー

ヴィンセント・ギャロは『ブラウン・バニー』によって新たなる映像の極北を走破してみせた。モーターサイクルの250CCフォーミュラ−レーサーが、忘れられない過去の愛を探しにアメリカ大陸横断の旅に出る。こうした絶望的な設定のなか、ギャロに許されてい…

10話

アッバス・キアロスタミの新作は「対話仕立てのインタビュ−スタイル」とでも言えそうな映画の新しい形式を作り上げている。一人の女性がテヘランの街を自動車で走り続ける。助手席には、母親の新しい恋人に馴染めない息子が、信心深い老女が、失恋に取り乱す…

家宝

94歳になった今も、年一本という驚異的なペースで新作を発表し続けるポルトガルの巨匠、マノエル・ド・オリヴェイラ監督の新作映画。莫大な遺産を相続した一人の青年の前に二人の女が現れる。典型的な悪女、ヴァネッサと純真な女性、カミ−ラ。周囲の計算通り…

鏡の女たち

http://www.groove.jp/movies/mirror/冒頭からしてただごとではない。門から出て来た一人の女性が白い日傘で顔を隠し、バス停への通りを行く。それを一台の車が静かに追うサスペンス。巧妙な寄りと引きが畳み込むように観客を映画へと引き込んでゆく。そして…

ゴダールの新作、『アワーミュージック』

ゴダールの新作、『アワーミュージック』は切り返しショットを通して、ユダヤとイスラムの非対称性を明確にし、対立の構図を浮き彫りにするような映画だそうだ。ゴダールは、昔とった態度を変化させて、パゾリーニの映画を再評価しているようだが、それはこ…

エルミタージュ幻想

浮遊するキャメラは絶えず世界を写す。一切の中断や選り好みもなく、案内役の男に誘われるがままにエルミタージュ館内をうろつき回る。そこで体感したものは、ちょっとした仕掛けで崩れ去る主体の脆弱さだった。90分ワンカットという触れ込み通り、キャメ…