フーガの技法

描かれた絵画素材を一枚一枚撮影するという気の遠くなるような作業を経て驚くべきアブストラクトアニメーションが誕生した。闇の中に浮かぶ白い矩形が、バッハの「フーガの技法」に合わせて大きさが変わり、回転する。これが通奏低音の役割を果たす。その周囲を銅版画の様な黄金色の光の線が、うねり、こだまして、深い陰影をもつ抽象形態が形作られてゆく。浮き上がった線は次第に影に沈み、そこに新たな光が上書きされ、複雑なアラベスク模様が上演される。スピードに溢れる光の鑿によって不可思議な軌跡が脳に刻みつけられてゆくようだ。整然として、それでいて暖かな情感に胸を打たれる。

音楽に較べて、線の流れが幾分早い様に感じた。抽象の線の筆跡に滑らかさが足りない点も多い。音楽の構造に、作品の造形力が追い付いていない点に問題があるのだろう。時折、線の集積がグロテスクな有機体を思わせる事があるが、「フーガの技法」のように形式的な音楽には、指示対象が透けて見えるものよりも、純粋抽象に徹した方が良かったはずだ。手法に対する効果が大変素晴らしいので、もっと全体に神経が行き届き、じっくりと完成された作品を見てみたい。

このような、ある種逸脱した試みは非常にユニークで面白い。映画とは本来、あらゆる雑多なものを受容する、胡散臭くも懐の深いメディアであるはずだ。世間では映画と言えば、脚本のある物語映画と相場は決まっているようだが、映画が特定の物質や技術に媒介されて成立するものであるならば、その物質的基盤に賭けることで、もっと直接的で豊かな領域を生産することが出来るだろう。ジガ・ヴェルトフからジョナス・メカスアンディ・ウォーホルなどへと連なる前衛映画の系譜が、石田尚志の志によって蘇り、そこから映画の新しい可能性を切り開く、多くの作品が現れることを期待したい。

『フーガの技法』グレン・グールド(演奏)

『フーガの技法』安藤元雄(著)