フレキシブルアート展

下記の展覧会に出品します。
ご高覧の程、よろしくお願い申し上げます。

フレキシブルアート展
2018年12月11日(火)〜12月22日(土)
ギャラリエアンドウ
渋谷区松濤1-26-23
11時30分ー19時
日曜・月曜休廊
tel 03-5454-2015

http://www.ando-tokyo.jp/

観念と抽象

uedakazuhiko2018-09-27


本日より、「観念と抽象」展、無事に始まりました。
絵画、映像、インスタレーションを含む、充実した展示になったと思います。
ご高覧、よろしくお願い致します。

また、本展に併せて展覧会と同名のテキストを書きました。
こちらは、私が本企画展のテーマを構想したときに考えていた内容を理論化した論考であり、今回の展示の内容とは直接的には関係していません。

ジョージ・バークリの物質否定論をヒントに、観念と絵画イメージとの関係性から、抽象的な精神の場が発生する萌芽へと触れ得るような序説的内容です。

仕様はA4版、8ページ、モノクロ印刷、限定100部、500円(1部)です。
会場にて、販売しておりますので、是非お手に取ってみてください。


企画 上田和彦 ・出展 鈴木雅子 「観念と抽象」
2018年 9月27日(木) -10月14日(日)
開廊 : 木 金 土 日 12:00 -19:00 / 閉廊 : 月 火 水
上田 x 鈴木 トーク: 10月6日(土) 17:00 – (無料、予約不要、定員15名程度)、懇親会 : 10月6日(土) 19:00 – (500円)

土日画廊、東京都中野区上高田3-15-2
TEL/FAX 03-5343-1842
http://donichigaroh.com/
西武新宿線新井薬師前」より徒歩5分
JR・東西線「中野」北口バス (7分)で「新井薬師駅」下車
JR・大江戸線東中野」/東西線「落合」から徒歩15分

展覧会に出品します。


時のかたち展

2018年7月23日(月)〜29日(日)
10:00〜18:00(初日のみ13:00開場)

横浜赤レンガ倉庫1号館2F
TEL 045-211-1515

http://www.welcome.city.yokohama.jp/ja/tourism/spot/details.php?bbid=184

ギャラリー・フェイス トゥ フェイス10周年記念展




下記の展覧会に出品します。
数年来続けてきたドローイングの、新たな展開となっています。
ご高覧頂ければ幸いです。

ギャラリー・フェイス トゥ フェイス10周年記念展
2018.5.18 Fri〜5.27Sun

13:00〜20:00最終日は19:00まで

5/22火曜日休廊

【会場】ギャラリー・フェイス トゥ フェイス 東京都杉並区松庵3-35-19 SHOEI BLDG.2 #102(西荻窪駅南口徒歩2分 03-6875-9377)

https://www.facetoface2000.com/exhibition201804/

浜田知明

町田市立国際版画美術館で浜田知明展を観る。反重力という諷刺劇が、版画というミクロコスモスのなかで、無限に展開される。版画家でありながら、テクニックに溺れない稀有な作家。対象の認識は限りなくリアルでありながら、支持体を前にした時の躓きが版上に刻印されている。それはつまり、体験と作り出したイメージとの齟齬に対して、どこまでも自覚的であるということだ。雑誌等に寄稿した文章や彫刻も素晴らしかった。

荒木経惟・KaoRi

モデルに対しては私写真だから契約関係に無いと言って対価を渡さず、写真家自身は外部から商業的な対価を得ている。
古典的な搾取の構造を、アーティストであるという一点において免罪可能と考え、同時に男ー女、写真家ーモデルという固定された力関係を誇示することで、それを自身の作家イメージとしてブランディングに利用する。
それが可能となってきたのは、日本の写真・アート業界にこのようなセクハラ・パワハラを許容し、更には自らの内に明確な批評基準を持たず、売れているものに追随するという体質があったからだ。
今日本の美術業界に必要なのは、もはや市場ではなく、契約と批評という外圧である。

https://note.mu/kaori_la_danse/n/nb0b7c2a59b65

TABULAEで辻可愛「ちるちり」を観る。形態同士のフラジャイルなシンタックスがテーマとなっているように感じた。複数のべニヤ板が連結されたタブローは、それぞれのピースの組替え可能性が担保されつつ、絵具が支持体へと浸透し、形態の輪郭が曖昧になることで作品を成立させるためのフレームの存在が再考されている。ガーゼ状の布を壁面に構成した作品は、布同士が重なり合って出来るレイヤーが視線の奥に向かって可視化されるのと共に、横へと展開可能な形式が既存のフレームを超える在り方を示していて新鮮だった。しかし、それは全く自由に広がっているというのではなく、形態同士を結びつける接点となる文法が備わっているために、フラジャイルな形式でありながらも、作品を見飽きないものにしていると思われた。