『火の馬』セルゲイ・パラジャーノフ監督

冒頭、雪山で伐採した木が倒れ、主人公である弟を庇うようにして倒木の下敷きとなる兄を真上から捉えた映像をもって、この映画が傑作であることを確信した。ミハイル・コチュビンスキーの「忘れられた祖先の影」が原作であるこの物語は、ウクライナの山奥に住む、裕福なユダヤ人の娘と、貧しい樵の息子との間の叶わぬ恋を、前近代的で閉ざされた環境を通して描いたものだ。このデビュー作は、後に当局から、制作用のシナリオを繰り返し拒否され、数回に渡って投獄された監督の予言的な自画像のようにも思われてくる。このような、出口の無さを象徴的に表わしているのが、常に円環を描くように見えるカメラワークだろう。キレのあるモンタージュ技法の活用が、映画の要となっていることは間違いないが、パゾリーニのそれが、まるで紙芝居のような平面的な二次元の切り返しであるのに比べ、パラジャーノフのそれは、中心を軸に周囲360°を意識したモンタージュ構成となっていることが大きな特徴である*1。カメラが現時点で写し出しているショットの裏側には、常に潜在的なもう一つの場面が存在していることを観者に意識させ、同時にスピード感のあるショットの転換が、方向感覚を失わせる働きを映画に齎している。カメラは中心を軸に、精気を持って動き回るのだが、それがどこか別の場所に行き着くのではないかと予感させる隙は一分たりとも与えられてはいない。目の前では、閉ざされた条件の中で、万華鏡のように幻想的な世界が、極めて濃密に展開してゆくのみである。各要所において、人工的に画面全体を色付けたり、星の光を瞬かせるような特殊効果の利用は、陳腐さに比して数倍の凄みをこの作品に与えている。

『セルゲイ・パラジャーノフ』パトリック・カザルス(著)

*1:水平上での360°の動きに加え、真上や真下から撮った垂直方向のショットも加わることを考えると、球体の中心を軸に、カメラが動いているというモデルを組み立てることも出来るかもしれない。