記憶に残っている展覧会

川村記念美術館 モーリス・ルイス展

自らが厳格な立法者となり、整理された技法、材料を元にして、順序に従い制作されている。
ルイス作品の完全無欠な性質はここに由来する。
オーダーと作品の構想が結びついており、制作が逡巡なく進められるので、完成された作品は無時間的な秩序を持っているように見える。
始点と終点が掴みづらく、錯綜した構造を持っていないので、視線が作品の中を漂う能動的な鑑賞ではなく、必然的に完全無欠で無時間的な画面全体の「現われ」を、受動的に引き受けるような鑑賞態度となるだろう。
ルイスの作品が謎めいて見え、観る者を謎の解明に向かわせるのはこのためである。


■なびす画廊 松浦寿夫

徹底したメチエの回避、もしくはメチエの回避というメチエが、どこにも定位しない筆触を生んでいる。
それはまるで、盲目の画家がキャンバスまでの距離を測りかねているようにもみえる。
常に境界と出会い損ねる絵具が、平面の奥行きを測深しているような稀有な作品である*1


switch point 井上実展

油彩でありながら、水彩のような、薄く、小さくささやかで、遅いタッチの集積。
井上氏の精度の高い小さなタッチ(決して腕を動かさない手首だけの)からは、マティスが理想とした色彩(即空間)の広がりに近いものが感じられる。
小さなキャンバスも、虫のような小さき者にとっては巨大な画面にみえることだろう(井上氏の作品を観る者はみな小さき虫となる)。
ここで言う精度とは、工芸的な特質ではなく、存在が持つ解像度に関わっている。

*1:絵画というジャンルを問い直すという意味で。またそこには、絵画という場を知覚経験の純粋な反映へと特化した結果、絵画そのものを解体寸前にまで追い込んだ印象派の残響をも聞き取れよう。