アジサイ

 アジサイが咲き始めている。場所によって成長の早さに違いはあるが、家の前に咲いているものなどは、薄緑色をした小さな花に混じっていつのまにか大輪の花を重そうに提げている。アジサイは、枯れ色をしている茎の中に頂芽が隠れていて、季節になると突然伸び始めるのに驚かされる。人目を憚りながら一晩で姿を豹変させる花は、毎日見ていても変容する過程を追いきれない。同じこの季節の花では、アサガオの青も美しいが、アサガオの青が紙に垂らしたばかりの水彩のように、水に晒せばすぐさま消え入りそうな儚い色をしているのに比べ、アジサイの青はより強い。その強さは、時間の流れに沿って花びらも、緑、白、青、帯赤、緑と変化する力を蔵するようで、しかし土の酸度によって花の色を変えるデリケートさをも感じさせるのである。

 アジサイには雨がよく似合う*1アサガオの花につく朝露も格別だが、アジサイの色は夜にもまた映える。藤原俊成の歌に、

  夏もなほ 心はつきぬ あぢさゐの よひらの露に 月もすみけり

とある。勿論、俊成の時代のアジサイは、シーボルトらが欧州に持ち帰り品種改良がなされた現在主流の西洋アジサイとは異なり、歌中にある「よひら」とは原種であるガクアジサイの四枚の花びらが重なった状態を指しているのだが、アジサイの青紫と黄色い月の対照は、今もなお時を忘れ人の眼を留めるに足りるのである。

*1:「ことさらに、月見草を選んだわけは、富士には月見草がよく似合ふと、思ひ込んだ事情があつたからである」太宰治富嶽百景