力を抜くということ

 意識が前方に固定されており、身体の後ろ側に対する配慮が全くなされていない時、不意に背後から物がぶつかるかぶつからないかという瞬間、異様に時間が引き延ばされたように感じ、未知の危険に対して意識が研ぎ澄まされ、ぶつかってくる物体をできるだけ少ない衝撃の内に引き受けようと身体が微細で調整的な動きをしようとする時と、描きつつある絵が上手くいっていると感じられる時の感覚は似ている。

 意識と無意識の狭間で、身体が目的を持ちながらも自由に動いてゆく感覚。

 子供の頃、剣道の稽古中に、二人組になって交互に相手の面を打つ練習をしている時、自分の番になったので、特に力もいれずに真直ぐ打ち込んだところ、相手が2メートル位後ろに吹き飛んで驚いたことがある。するとただちにそれを見ていた先生が、年下の者に対して手加減をしないとは何ごとかと、強い剣幕で私を叱り付けたのだが、無論私には、必要以上に力を入れたつもりも、相手を倒してやろうという気持ちもなかった。