六本木クロッシング2007:未来への脈動

 割引券を頂いたので、「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展を観にいった。1989年に起こったベルリンの壁崩壊によって、社会主義体制が終焉を迎え、同時に既存の資本主義社会が高度化していったことに呼応するかのように、純粋芸術という枠組みが崩壊した後に、体制に伴走していったのが、ポップアートを過激化したシミュレーショニズムであったとすれば、この展覧会に出品されている作品の多くは、遅れてきた限界芸術とでも呼ぶべきものだろう。社会主義という理念に従って建造された体制が実態を失い、全ての反体制的運動が多国籍金融資本の前に敗北した現在は、レーニンが『帝国主義論』を書いた頃に非常によく似ている。資本の圧倒的な力の前では、シミュレーショニズムはその批判力やイロニーの効果を失い、社会から追放され、孤立した無数のアーティストは自身の私生活の中に籠もることとなった。50年以上も前に純粋芸術と大衆芸術との対立を止揚する、「限界芸術」という概念を提出しえた鶴見俊輔の先見性には驚くほかないが、言論や造形を含めた表現が社会的な批判へと転化する契機が失われた「のっぺらぼう」な状況の中で、理念もロジックも経験も構成しない、まるで自然発生しているかのような作品の数々が、自身の提起した芸術のあり方を踏襲しようとしているありようを、鶴見自身はどう感じているだろうか。