眼にもまた、異様なことが見えはじめた。子供たちが、そういうふうに空を見あげて坐っていると、星のむれのただなかに、ぽっとうすい光がひろがりはじめて、それが星から星にかけて、ゆるい弓形をはりわたした。それは緑いろにひかって、ゆるやかに下の方へのびていた。いまその光は刻一刻力をました。そしてついには星々もそのために光をうばわれ色をうすめてきた。そればかりか天空の右へ左へ、その弓形は光を投げた。それは緑にかがやき、しずかに、しかも生き生きと、星のあいだを縫って流れた。と見ると、弓形の頂点に、種々な度合でひかっている光の束の群が、王冠の上べりの波形のように立ちのぼって、燃えた。その光は、あたりの空を照らして、あかあかと流れた。また、音もなく火花を散らし、静かにきらめきながら、ひろい空間をつらぬいた。空中の電光の総量が、前代未聞の降雪のために緊張して、このような無言の壮麗な光の大河となって、ほとばしったのであろうか。それとも、それは別のきわめがたい自然界の法則によるのであろうか。しだいしだいにその光はよわまり、うすれていった。光の束がまず消えた。それから光の弓が徐々に目だたぬほどにうすくなった。こうしてふたたび空にひかっているのは、幾千また幾千の見なれたふつうの星ばかりであった。
 兄妹はどちらからも、一こともものを言いださなかった。ただいつまでもじっとすわり、眼をあけて空を仰いでいた。
 それからのちは、もうなにもかわったことはなかった。星々はかがやき、またたき、ふるえた。ただおりおり、流れ星が射るようにそのあいだを飛ぶばかりであった。
 そういうふうにして星だけがいつまでもかがやきつづけ、月はちらとも空に姿をあらわさなかったが、とうとうそこに或る変化がおこった。空が明るみはじめたのである。きわめてゆっくりと明るくなってくるのであったが、しかし、たしかにそれと見てとれた。空の色が見えはじめた。うすい星は姿を消した。消え残っている星もまばらになった。とうとう明るい星も消えさった。そして雪が空をかぎってはっきり見えてきたのである。最後に天の一方が黄に染まり、そこにただよっていた一すじの雲が、かがやく帯となって燃え立った。あらゆるものが光のなかに生まれ出た。遠くにある雪の峯々でさえ、くっきりと空を染め抜いた。
 「ザンナ、夜が明けたよ。」と少年が言った。
 「そうよ。コンラート。」と妹は答えた。
 「もうすこし明るくなったら、ここを出て山を下りよう。」
 いよいよ明るくなってきた。空のどこにももう星影はない。ありとあらゆるものが、朝の光のなかに立っていた。
 「さあ、出かけよう。」少年が言った。
 「そうよ、出かけましょう。」とザンナが答えた。


『水晶』シュティフター作 手塚富雄