帝国の構造 柄谷行人著


 旧来のマルクス主義者のように近代以後の帝国主義を単に批判するのでもなく、ネグリ=ハートのように世界資本主義の果てに見出される非中心化された帝国概念を抽象的に構想するのでもない。本書で柄谷が取った戦略は、古代から近世に至るまで、世界各地において変遷してきた中国やローマに代表される大文字の帝国を中心として、その周辺と更にその外側に存在する亜周辺の三項を、歴史的かつ地政学的に捉え返し、A互酬(贈与と返礼)→B略取と再分配(支配と保護)→C商品交換(貨幣と商品)というように歴史的に進展してきたかに見える交換様式モデルを再考することで、大文字の帝国的な様態(上記ではB)から見出される可能性の中に、まだ見ぬD交換様式Xを構想しようとすることにある。ヨーロッパや日本のような帝国の影響の少なかった亜周辺にある地域ほど、近代化が上手く進んだと指摘する一方で、だからこそこうした国々は、帝国の統治原理を背後から支える「天命」のような超越的理念とはなじまないとも述べる。そして柄谷は、本の最後で、日本の憲法九条こそが、そうした帝国的な理念に取って代わるものとしての可能性を胚胎していると主張するのだが、交換様式Xと同様、説明不足の感は否めず、いささか牽強付会に思われた。ただ、中国王朝の変遷史をはじめとする、帝国を巡る歴史の再構成には筋が通っているし、帝国(中心)に対する亜周辺という視点も参考になる。頭のなかで概念を弄ぶだけではなく、歴史の実態へと切り込むことで、ブレークスルーを果たそうとする志向には共感できた。

帝国の構造: 中心・周辺・亜周辺

帝国の構造: 中心・周辺・亜周辺