アルブレヒト・デューラー版画・素描展(国立西洋美術館)


 多くの質の高いプリントが並んでおり、壮観である。通して観ると、デューラー自身が、作品ごとに異なる芸術的質を使い分け、描き分けていることが見えてきて、興味深い。「聖母伝」や、各種の「受難伝」など、多くの出版によって、比較的広範囲に頒布することが意図されたであろう作品群と、「騎士と死と悪魔」、「書斎の聖ヒエロニムス」、「メレンコリア1」など、一枚の絵の中で多様な芸術性(主題の解釈や構成、線描の深み)を追求した作品群との差異が際立っていた。前者は、同時代の他の版画に比べると、時代を画する仕事であることは確かだが、より実用的な観点から、キリストをはじめとする登場人物の生身の身体性が直接に浮き上がるように描かれていたのに対して、後者は構成も線描も厳しく抑制され、画家の技術が思想性の中に十全と行き渡ることが意図されている。デューラーの版画には、無駄な線描が皆無であって、形態や明暗など、絵を形作る上で課される解決すべきタスクが、入念な計算の元に乗り越えられているので、後者の作品群における筆捌きはより驚異に映る。もうひとつ特筆すべきは、素描の一つとして出品されていた木炭画、「ある女性の肖像」(1503)である。肖像画の構造は、木炭による明暗表現によって完全に描き出すことができることを、この作品によって知ることができる。色彩による固有の表現を除けば、同じデューラーの板絵による油彩画となんら遜色するところがなかった。木炭という、脆弱な材料で描かれた作品であるにも関わらず、保存性が非常に良いことも(500年以上前の作品であることを考えれば)驚くべきことなのだろう。作品を守ってこられた方々に敬意を表したい。